2020年01月25日
2回目の手術とその後
2019年9月中旬
「あのさ、手術の最中に左脚に向かう神経が1本切れちゃって、すぐに整形外科の先生に診てもらったけど、こりゃダメですねって言われたみたいだよ」
手術の翌日、弟が私に話してくれた。
顔を出した主治医(女医)は、全然たいしたことではないというように
「骨盤内にある左脚に通じる神経が硬かったので1本切れてしまいましたが、残りの神経がちゃんと補います」と言った。
ああ、「私、失敗しないので!」 と言ってくれる先生にやってもらいたかったな。
術後3日目に、病室内でのシャンプーをお願いすると、ベッドに寝たまま頭をぐるぐるされて目が回り、気分が悪くなってその後は食事もとれない。
通常ではそろそろ歩く練習をしなくてはいけないのに、私はさらにベッドから離れられなくなってしまった。
その夜、幽体離脱にも似た夢を見た私は激痛と恐怖と絶望と孤独でパニックになり、何日もナースコールを押しまくった。
両脚の付け根については痛み止めが効かず、部長クラスの医師が回診の際に、
「神経を切ってしまったのは私どものミスで申し訳ない」と言ってくれた。
術後5日目。
「私の脚は本当に治るんでしょうか?このまま歩けなくなりそうで不安でたまらないんです」 看護チームの中でいちばん優しそうな看護師さんに苦しさを打ち明けると、ぼろぼろ涙がこぼれた。
「必ず良くなると信じて治療を続けましょう。そのために私たちがいます」
私の涙をぬぐってくれた美しい人は、まるで心の重荷を下ろしてくれるマリア様。
夜になると、別の病室から女の子の泣き声が聞こえてきた。
「やだぁ~。 いたい~。 やだぁ・・・・」
そのことばを繰り返し、時々「おうち・・・・」と言ってはまた泣き続ける。
おそらくママは、わが子をぎゅっと抱きしめているに違いない。
代わりたくても代わってあげられない。抱きしめることしかできないから。
あんなに小さな女の子が、必死で病気と闘っている。
その子の何倍も何十倍も生きてきたおばちゃんの、なんて情けないこと。
気持ちの上で負けてどうする!
甘えないで、一日も早く個室を出て、歩く練習から始めなくちゃ。
私は女の子の回復を祈りながら、ベッドの中で少しずつ足の指を動かしてみた。
「あのさ、手術の最中に左脚に向かう神経が1本切れちゃって、すぐに整形外科の先生に診てもらったけど、こりゃダメですねって言われたみたいだよ」
手術の翌日、弟が私に話してくれた。
顔を出した主治医(女医)は、全然たいしたことではないというように
「骨盤内にある左脚に通じる神経が硬かったので1本切れてしまいましたが、残りの神経がちゃんと補います」と言った。
ああ、「私、失敗しないので!」 と言ってくれる先生にやってもらいたかったな。
術後3日目に、病室内でのシャンプーをお願いすると、ベッドに寝たまま頭をぐるぐるされて目が回り、気分が悪くなってその後は食事もとれない。
通常ではそろそろ歩く練習をしなくてはいけないのに、私はさらにベッドから離れられなくなってしまった。
その夜、幽体離脱にも似た夢を見た私は激痛と恐怖と絶望と孤独でパニックになり、何日もナースコールを押しまくった。
両脚の付け根については痛み止めが効かず、部長クラスの医師が回診の際に、
「神経を切ってしまったのは私どものミスで申し訳ない」と言ってくれた。
術後5日目。
「私の脚は本当に治るんでしょうか?このまま歩けなくなりそうで不安でたまらないんです」 看護チームの中でいちばん優しそうな看護師さんに苦しさを打ち明けると、ぼろぼろ涙がこぼれた。
「必ず良くなると信じて治療を続けましょう。そのために私たちがいます」
私の涙をぬぐってくれた美しい人は、まるで心の重荷を下ろしてくれるマリア様。
夜になると、別の病室から女の子の泣き声が聞こえてきた。
「やだぁ~。 いたい~。 やだぁ・・・・」
そのことばを繰り返し、時々「おうち・・・・」と言ってはまた泣き続ける。
おそらくママは、わが子をぎゅっと抱きしめているに違いない。
代わりたくても代わってあげられない。抱きしめることしかできないから。
あんなに小さな女の子が、必死で病気と闘っている。
その子の何倍も何十倍も生きてきたおばちゃんの、なんて情けないこと。
気持ちの上で負けてどうする!
甘えないで、一日も早く個室を出て、歩く練習から始めなくちゃ。
私は女の子の回復を祈りながら、ベッドの中で少しずつ足の指を動かしてみた。
Posted by レイア at 08:07
│がんの手術