ええかっこしーの後悔
どうも私には、必要ないときに「ええかっこしー」をする癖がある。
本音と建前のせめぎ合いと言えば聞こえはいいが、
「自分が今どうしたいのか、どうしてほしいのか」を
相手にハッキリ伝えられず、後悔し、自己嫌悪にも陥る。
去年のあの時もそうだった。
2019年10月初旬 退院
両脚のむくみも気になり、
本音を言えばあと2~3日は入院していたかったが、
このベッドが空くのを誰かが待っていると思ったのも決して嘘ではない。
迷いながら私は退院を決め、11時に弟に迎えに来てもらった。
帰り道、書店とスーパーに寄ってほしいと告げ、クルマを駐車場へ入れる。
英会話のテキスト1冊くらい、なぜ買ってきてと頼めなかったか?
スーパーの買い出しもメモを書いて渡せば済むことなのに、
なぜ杖も使わず無理して歩いて見せたか?あんなにしんどかったのに。
お昼はなんとか食べて、あとはパジャマに着替えてベッドの中。
夕方になって、それは突然現れた。
トイレに行こうとベッドの右側から降りようとした時だった。
突然右脚の付け根に、ぎぐっ!! ぎゃあ!
左脚の痛みを最高10で数えると、これは11!?あの杭を打たれるような。
閉鎖神経麻痺は左側だけだったはずが、
左脚をかばうために右脚がどんだけ頑張っていたか、この時に分かった。
なんとか右脚を戻して仰向けの体勢にしてもダメ。
どうやってもその痛みは治まらない。
マイった。 ドキドキして汗ばみ、喉もカラカラになってきた。
この時間帯は、隣の弟も義妹も出かけている。誰ひとり助けてはくれない。
じゃ、病院へ電話する?でも、さっき退院してきたばかりだよね?
じゃ、救急車を呼ぼうか?でも、同乗者がいないとダメなんだよね?
なすすべもなく、そのまま義妹が帰ってくる夜8時頃までじっと待った。
彼女には、「ごめんね、ちょっと動けなくて。
2階の冷蔵庫のそばに小さなクーラーボックスがあるから、
そこに保冷剤とお茶を入れて持ってきて」とだけ頼んだ。
彼女は本当にそれだけをして、戻って行った。
「悪いんだけど、脚をさすってくれる?タオルを濡らしてきてくれる?
杏仁豆腐なら横向きで食べられるかな?」
頼みたいことはいくつもあったのに、私は彼女に遠慮した。
介護のエキスパートである義妹に、だ。
それからは、むくんだままの左脚に重心を掛けて右脚をかばい、
その右脚を引きずりながら転ばないように注意して廊下をつたわり、
トイレに行った。
15日間の入院のあとの自宅療養最初の3日間はこんなふうにして始まり、
どこにもSOSは届かず、私はただただ孤独に耐えることを学んだ。
近くのスーパーまで行けるようになったのが7日目。
12日目の夜から長野は台風19号に襲われ、
翌日の日曜日に千曲川の堤防決壊という被害の大きさに驚く。
そして、10月中旬から、いよいよ抗がん剤治療が始まった。
この時期に嬉しかったことは・・・・
友人にマッサージ用ローションを頼み届けてもらうと、
ドアにかかった袋の中には北海道土産の美味しいクッキーまで入っていた。
茨木県の同級生からはお嬢さんの手作りのポーチが届き、
新潟のいとこから、すぐに食べられるような海産物のクール便。
友人たちからの励ましのやメールや電話に、
決して一人ではないと思えた瞬間、本当にボロボロ泣けた。
参考までに
家から出られなかった最初の6日間は「宅配のお弁当」を注文しました。
手数料は取られますが、1個からでも配達してくれます。
お弁当箱が毎日違うバンダナに包まれていることに、ほっこりしました。
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